「グレープアゲート」という名称について

グレープアゲート、グレープカルセドニー、グレープアメシスト…などなどたくさんの呼び方があるこの鉱物をどう呼ぶべきなのか調べてみました。

以下文中では混乱を避けるためこの石をひとまず「グレープ」と呼ぶことにします。



成分

2018年発行のJournal of Gemmologyの記事によれば、成分分析の結果はほとんどが二酸化ケイ素、つまり石英であり、光吸収スペクトルはアメシストと一致したそうです(Laurs, Rossman 2018, p.102)。そのため「アゲート」「カルセドニー」「アメシスト」と化学的には同じということになります。ただ鉱物は成分だけで決定するわけではないので構造を見なければいけません。



アゲートなのか?

アゲート(瑪瑙)は潜晶質の二酸化ケイ素が縞目状・層状になっているものと定義されています。しかし、欠けた球の断面を見れば肉眼でも分かるようにグレープの内部はほとんどの場合、層状にはなっていません。そのため、「アゲート」つまり瑪瑙ではないことになります。


現在も一番ポピュラーな呼び方であるこの名称がまぜ世に広まったのでしょうか。グレープを世に送り出したJoel Iveyによれば、アメリカの研磨氏が「グレープアゲート」と呼び始めてそれが定着したそうです 。確かに、一部のグレープは切断面に同心円状の模様が見えることがあります。また、インドネシアでは元々アゲートがたくさん採掘されるのも一因かもしれません。



カルセドニーなのか?

カルセドニーは肉眼では見えないほど小さな結晶の集まり(=潜晶質)でできています。ではグレープは潜晶質なのでしょうか。


米雑誌Mineralogical Record記事の、切片を観察した報告によれば、「球は放射状の構造をしており、隠微晶質のカルセドニーやアゲートよりも粗い質感を持っていた。そのため『グレープアゲート』や『グレープカルセドニー』という言葉は誤用だ」(Ivey 2018)とあります。


また、「球体の外観は、カルセドニーやメノウ(いずれも潜晶質の石英からなる)の一部を連想させるが、マナカラの素材はより粗い粒度の放射状の微結晶から成るものである」という報告もあり(Laurs, Rossman 2018)、こちらもも潜晶質であることを否定しています。


確かに肉眼だと分かりにくいですが、カルセドニーと違ってグレープの球は中心から放射状に成長した結晶のように見えます。前述の文献の専門家の意見をふまえると、カルセドニーであることは否定されるようです。



アメシストなのか?

紫の水晶ならアメシストと呼んでもよさそうですが、グレープの結晶構造はアメシストと同じなのでしょうか。


私はグレープをどう扱うかを考える上で、ハンガリー産のアメシストが手掛かりになるのではないかと思っています。

ハンガリー産アメシストは2006年に発見された面白い構造のアメシストで、時にグレープと同じ葡萄房状の形になります。

参照:https://www.crystalclassics.co.uk/news/201/ste-marie-aux-mines-show-2011-report-2-/

私はこのハンガリー産アメシストとグレープは相似だと考えています。葡萄房状をなす球の大きさは違えど、このハンガリー産アメシストも基部から放射状に成長していて、先端部分が表面に並んでいるためドゥルージーな質感になっています。


私はこのハンガリー産アメシストと同様のことがより小さい規模で起こっているのがグレープなのではないかと考えています。グレープも中心から細い結晶が放射状に成長しており、荒いものは表面に突起が並んでドゥルージーになります。グレープの標準的な結晶の太さは20μメートル(Laurs, Rossman 2018)なので、そのように細かい場合は肉眼でひとつひとつの凹凸は見られずベルベット様の質感になるのではないか、と考えます。


また紫の発色の原因もアメシストと同じく鉄分と放射線の影響だと言われています

(Laurs, Rossman 2018)。そのため、もしハンガリー産アメシストがアメシストだと言えるのならば、サイズが違うだけなのでグレープもアメシストと呼んでよさそうです。ただ、肉眼でその構造が見えるか、という違いはあるかと思います。


ただ、グレープは紫のものだけではありません。よくあるのが緑色やグレー、さらに白や茶色、時にはピンクや黄色もあります(Ivey 2018)。紫水晶の訳語をアメシストとするなら、他の色のものまでアメシストと呼ぶのは少し難しいかなと思います。「緑の紫水晶」などという表現は少し無理があります。


Iveyも引用記事で「『グレープアメシスト』(紫の標本の場合)や『グレープクォーツ』がより正確だ」(Ivey 2018)と述べています。



グレープクォーツがいいのではないか

ここまでをまとめると、


・縞模様がないためアゲート(瑪瑙)ではなく

・潜晶質ではなく放射状の結晶のためカルセドニー(玉髄)ではなく

・紫の標本はおそらくアメシスト

・ただ紫でないものもたくさんある


となります。そのため、包括的な用語としてはクォーツ(石英)を用いて「グレープクォーツ」が一番間違っていない、と言えます。もちろん、紫色のものをグレープアメシストと呼ぶのは全然いいのではないかと思います。


ちなみに「グレープ」ではなく葡萄房状を表す”botryoidal”のほうが学術的には正確という意見もあります。ただ私個人としては「グレープ」はとても素敵だな、と思っています。



葡萄屋の言い訳と提案

ではなんでこの記事を書いている葡萄屋はいつもグレープアゲートって言ってるのか、という点について弁明です。



理由は、2021年6月現在、一番通じる名称が「グレープアゲート」なためです。Googleの検索数でも、Twitterでの言及回数も一番多いのが「グレープアゲート」です。何度も引用しているJoel Iveyの記事名も”Grape Agate”ですし、英語圏ではgrape agateがいちばんポピュラーです。


日本語では名称にアンテナを張ってくださっている方々がいろいろ呼び名を検討されているようで、「グレープカルセドニー」「グレープアメシスト」という呼び方も広まっています。


私個人としては、「グレープクォーツ」になるのがおさまりがいいのではないか、と思います。ただ今ほとんど呼んでいる方がいないのでいきなり「グレープクォーツ専門店」と言い出しても「何?」となってしまうかな、と思い、今のところ一番通じるグレープアゲートと呼んでいます。一応商売としてやっているため、皆様の目に留まって欲しいので...。


また、インドネシアの採掘者はみんなgrape agateと呼ぶので、連絡をとるときに今でもまめにグレープアゲートって使っています。なので私自身グレープアゲートが染みついているというのもあります。彼らも商業的に変えづらいのかもしれません。


私は「グレープクォーツ」も少しずつ浸透すればいいかなと思っています。呼び方を変えるのはなかなか大変ですが、皆様が「グレープアメシスト」「グレープクォーツ」と呼んでくださっているのを見たら心の中で声援を送っています。もちろん「グレープアゲート」や「グレープカルセドニー」という呼び方でもまったく構わないと思っています。


私は少しずつより正確なグレープクォーツという呼び方も使っていきたいと思っています。すぐに切り替えてしまうと検索等で見つけられなくなってしまう人もいるかと思いますので、ご理解いただけたら幸いです。


参考文献

Laurs,B.M., and Rossman G.R.(2018) Grape-like “Manakarra” quartz from Sulawesi, Indonesia. Journal of Gemmology, 36(2),16-17.


Joel Ivey (2018) “Grape Agate” from West Sulawesi, Indonesia. The Mineralogical Record, 49(6), 827-836.

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